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☆みんなで京都を楽しもう Discipleの京都の歴史、地名ブログ☆【第1部 歴史編2-4】

2019.07.15

第2章 <政治都市の成立④> ~平安京における人々の生活~

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 みなさま、こんにちは。

 私事を含めてバタバタとしてしまい、ようやく当社のHPを更新することができました。

 みなさまのように、計画的に物事を進めていけるようにしていければと思います。

 さて、近畿地方においては、昨年や例年と比較し梅雨入りが約3週間遅れることとなりましたが、京都においては、7月1日より1か月間に渡って様々な祭礼が執り行われる「祇園祭」の真っ最中です。(当グループの社名の一つです。)

 ご存じの通り京都三大祭、日本三大祭、日本三大曳祭の一つであるとともに、9世紀から続いているとされている京都の夏の風物詩です。

 疫病などによる死者の霊を鎮めるために行われたことが起源とされており、無病息災を祈念するために行われているとされています。 

 ※2年連続で先祭における「山一番」を引き当てた蟷螂山(とうろうやま)。

 中国の君子の故事にちなむ、からくり仕掛けの「大かまきり」が有名な舁山(かきやま)。

 

 祇園祭の祭礼については、八坂神社が主催するものと山鉾町が主催するものとに大別されており、山鉾町が主催する祭礼については、重要無形民俗文化財に指定されています。

 先祭と後祭の山鉾巡行については大変有名ですが、「吉符入(きっぷいり)」などの祭礼を見ていくと、歴史の重みを改めて感じることができるのではないでしょうか。

 いつものように前置きは長くなりましたが、このあたりで本題に移ることとし、今回は平安京に居住する人々の生活面について見ていきたいと思います。

 

~平安京における人々の生活~

 遷都され建設された平安京は、巨大な「京」となり、当時の人口は約15万人とされています。

 (ちなみに、現在の京都市の推計人口は、約146万人となっています。)

 ここに貴族(高級官吏)をはじめとして、京戸(きょうこ)と呼ばれた庶民が暮らすこととなります。

 ※京戸とは、京に移住して、戸籍を有した庶民のこと。(「戸主(へぬし)」ともいわれています。)

 京の移転にあたり、貴族や下級官吏には、官位により方一町などの土地が与えられるととともに、相応分の家屋建設の助成費が与えられていたとされています。

 これに対して、大多数を占める京戸には、一町の32分の1に相当する土地を与えることとなり、これが庶民の居住条件となっていました。

 ※「四行八門制(しぎょうはちもんせい)」と呼ばれるもので、平安京の土地区画の最小単位とされていました。

 新たな京に居住した貴族や庶民の人々は、与えられた土地の空き地に野菜や花卉(かき)類などを植えていたようで、かなり田園的な風景を見ることができたようです。

 ※花卉(かき)類とは、観賞用になる花をつける植物の総称のこと。

 平安京における物資調達の場所として、左京と右京それぞれに「東市(ひがしいち)」、「西市(にしいち)」と呼ばれる国営の市場が設けられることとなり、遷都の3ヶ月ほど前から準備が進められていたとされています。

 

 ※西市周辺の発掘調査により発見された出土木簡。

 左から、「承和五千文」は、835年(承和2年)に鋳造された承和昌宝のこと。

 十六年九月は、遷都直後の797年(延暦16年)のこと。

 お金のことや穀物、さらには「買物」と書かれた木簡が発見されている。

 

 この市は、国営にて設置されるとともに、「市司(いちのつかさ)」と呼ばれた役人が管理、運営を行っていました。毎月15日までは「東市」が、16日以降は「西市」が開かれていたとされています。(両市が、交互に営業することが定められていたとともに、この両市以外の市は認められていませんでした。)

 

 

※現在は、龍谷大学の大宮キャンパスなどの敷地となっています。

 

 また、東西両市で扱う商品については、

・共通品目

 米、塩、針、魚、油など17品目

・東市専売品

 布、麦、木綿、木器、馬など51品目

・西市専売品

 土器、牛、綿、絹、麻、味噌など33品目

と、定められていたこともあり、不便であるとともに京に暮らす人々の実情にはあっていなかったようです。

※現在は、閑静な住宅地となっています。

 

 しかし、市は繁華街としての機能を持ち合わせ、宗教の布教活動やスリ、詐欺師などの横行、物乞い、若者の傾奇者、さらには見せしめを含めた罪人の処刑を行われることもあり、現在と重複する部分があったようです。

 10世紀に入ると、右京にあった「西市」が著しく衰退していくこととなり、規制の緩和と合わせて左京の「東市」も周辺に存在した有力な商工人による新たな市が形成されていくこととなります。その結果、国営の市は衰退していくこととなり、人々の生活が変化していくことに繋がり、市域の変化を迎えていくことになったとされています。

 今回はここまでとなりますが、「ピロピの京都観光ブログ」とともに京都観光の参考になればと思います。

 次回は、<政治都市の成立⑤> ~右京の衰退(仮)~ と題して、紹介しようと思います。

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