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「京都幕末ツアー①の2 新撰組の巻」~ピロピの京都観光ブログ

2019.03.07

四条大宮付近 続き・・・・

9.新徳禅寺

 

壬生寺の東隣、
マニアックなスポットでは
ありますが、新撰組を語る上で

重要な場所でもあります。

 


清河八郎

この端正な顔立ちの清河八郎
1863年、将軍上洛の際に将軍護衛のために
結成された壬生浪士組のリーダー。
その清河が大演説を行ったのがこの新徳禅寺の本堂です。

尊王攘夷派であった清河は
壬生に集結した仲間に「天皇を尊ぶ反幕府」

という尊王攘夷の思想を大演説し、

心打たれた多くは江戸へ引き返します。

それに反発して京都に残ったのが近藤勇ら
後の新選組の隊士たちなのです。

10.新撰組記念館

「新撰組記念館」は新選組ファンの館長さんが
運営する個人博物館!

こちらは築100年となった自宅を改装し、
新撰組に関する書籍や書類、資料、展示物

など興味深い博物館です。

足を運ぶ方も根っからの新撰組・幕末ファンの方が多く、
僕も実際に訪れる度
連絡先を交換する仲間と出会える場所でもあります。

さて、場所を
鴨川付近三条通から四条通へ移動します。

上の地図をみてわかる様に、
京都一の繁華街であるこの地区には
幕末維新関連の史跡が
数多く溢れていて
日本の歴史においても重要な場所でもあります。

11.池田屋(跡地)

池田屋事件の際の図

 

新撰組で最も有名な事件が「池田屋事件」
その池田屋は残念ながら現存しませんが、
三条通り小橋北側に石碑が建っています。

1864年に起きたこの事件。
当時、旅籠であった池田屋で長州・土佐の尊王攘夷派が
集結していたところ、
京都守護職配下の新選組が襲撃。

イメージでは新選組が踏み込んで
一方的に襲撃したような印象がありますが、
実際は、浪士20数名に対し、新撰組は近藤、沖田、藤堂、永倉
4名のみ。

それだけでも新選組も半端な集団ではなかったのが分かります。
少し後になり、土方の援軍が到着して形勢が変わり、
浪士組は壊滅しました。

現在は「池田屋はなの舞」という居酒屋が建っています。
こちらの内装は新選組、幕末色が濃く
雰囲気を楽しめます。

 

この事件で乱闘は池田屋の外まで及び、
鴨川に架かる三条大橋の西側の欄干には
池田屋事件の際の刀傷とされるものが残っています。

ツアーの最後に
池田屋「はなの舞」で夕食を楽しむのも楽しいですよね。

紹介した場所の他にも、
禁門の変の舞台となった京都御所蛤御門
大政奉還の舞台となった二条城二の丸御殿
松平容保の本陣であった金戒光明寺など

時間があればいくらでも観光することができます。

今回紹介したコースは
京都駅9:30スタートで 17:00までに
回れるコース!!

食事をして宿泊もよし、
そのまま京都駅から日帰り旅行もよし。

是非楽しんでみて下さい。

次回より数回、幕末維新の京都にスポットライトを
当ててみたいと考えています。

ちなみに維新後の新撰組は、

近藤勇は坂本龍馬、中岡慎太郎暗殺の疑いなどで
斬首、三条河原でさらし首とされました。

 


土方歳三
鳥羽伏見の戦いや五稜郭の戦いに
参戦しましたが討死。

沖田総司
維新を見ずに病死。一枚も写真を残しませんでしたした。

いずれも
非業の死を遂げ、維新政府に残った人はいません。

3人も思想の根本は「日本を変えたい」という強い思い。

それは尊王攘夷派の志士たちと同じなのですが、

そこに権力などが加わっていくことで、
予想外に時代に飲み込まれてしまったのでは
ないでしょうか?

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